幼いころ、アリの行列をじっと見つめているのが好きでした。たまにちょっと障害物を作ったりして、それでアリたちがどうするのか、眺めていると時間を忘れました。
こういう純粋な好奇心が、科学的態度の糸口というものなのでしょう。それがなんの役に立つかが目的ではなく、純粋に知らないことを知りたい。という欲求。
ミツバチの8の字ダンスの話を読んだときは、驚きました。ダンスの角度と尻振りの回数で、花の方向と距離を表す。あの小さな脳でどうやってそんな高度なコミュニケーションを発達させることができるのか。科学の奥深さ、おもしろさを感じました。
海に潜ると、魚の群れが一瞬にして方向転換するのを、目の当たりにしました。群れ全体が意志を持っているような動き。長いこと科学者たちは、魚や鳥の群れの動きが、どのようなメカニズムで統制されているのか、解明することはできませんでした。どうやらリーダーはいないということは、わかっていたようです。群れを観察して、個体ごとの動きを数値化して、その複雑な方程式を解いても答えは見つからないでしょう。また魚の脳を解剖しても、なんの解決にもならないでしょう。
そんな状況を打破したのは、意外な分野の人物でした。
コンピューターアニメーションの技術者、グレイグ・レイノルズ。鳥の群れのアニメーションを、なんとか自然に見せるという課題に思い悩んでいました。そこで彼は、鳥の群れを根気よく観察することにしました。まるで誰かが命令したようにいっせいに飛び立ち、急旋回する鳥達。そして科学者たちと同様、リーダーが命令しているわけではないことに気づきました。
そこで彼が発揮したのは、コンピューターシミュレーションの発想です。一羽、一羽を簡単な規則で動かしてみたらどうだろうか。こうして試行錯誤ののち、1987年、ボイド(Boid)と呼ばれる鳥のシミュレーションモデルを完成させました。このモデルは、群れとして極めて自然な動きをし、障害物を見事に回避しました。このモデルに使われる規則はたった3つです。
1.整列(Alignment)
近くの鳥と方向、速度を合わせようとする
2.分離(Separation)
近くの鳥や物体に近づきすぎたら離れる
3.結束(Cohesion)
群れの中心に向かって飛ぶ
このモデルは実際に、『バットマン・リターンズ』のペンギンの集団シーン、『ライオンキング』のバッファローの集団が移動するシーンなどに使われたそうです。
これは、魚の群れのシミュレーション動画です。葉山の海で観察できるゴンズイの群れの動きそっくりです。
そしてこの簡単な規則からなるモデルの発見によって、群知能に関する生物学の分野は大きく発展することになったのです。とはいえ、このモデルが科学的に立証されているわけではありません。こうすれば「自然」に見える。というだけなのです。
やがて人の動き、混雑した道で自然に列ができたり、危険から逃げようとして大渋滞になったりする行動までがシミュレーションできるようになり、群衆のモデルがかなり正確にできるようになりました。株の動きや癌細胞の増殖の解明、自動運転車のコントロールなどの応用に期待されています。
自然科学は、つねに科学的な知見の蓄積によってのみ、発展してきたわけではありません。あるときは職人が、あるときは技術者が目前の課題を解決するためにひねりだした技術が、これまでできなかったことをできるようにする。その現象を科学で検証、立証することで、自然科学が新たな境地を開拓するということも多いのです。
科学には科学のルールがあります。ですから科学の世界ではそのルールを逸脱しては、理論の構築はできません。その一方で、科学的に解明できない技術は、この世の中に限りなくたくさんあります。その技術の蓄積を「科学的ではない」といって軽視することもまた、浅はかなことなのです。
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