海生シリーズ、その3です。

海のものを「生」でいただく醍醐味、あわび初体験記
海のものを「生」でいただく醍醐味その2、いか

 

私がはじめて本物の「海」に出会ったのが、対馬でした。
本物の「海」には、本物の魚や貝がいて、本物の食べ物が
ありました。

 

ある漁師さんの家に泊めてもらいました。

明日の朝は、ぶり漁に行くから、ついてこい。
夜中の3時半に家を出発。
奥さんがドカ弁を持たせてくれました。

正真正銘の日の丸弁当。
ドカ弁の中央に梅干しひとつ。それっきり。
すっかり港の海の男の気分になり、
意気揚々と船に乗り込みました。

 

船では10人ほどの漁師さんが、
忙しく立ち働き、誰も私にかまってくれません。
それはそうですね。
なんの役にも立たないのですから。

小1時間ほどで漁場に到着。

それっ、と漁師さんたちは、手際よく
仕掛けを投げ込み、さっそく60cm~70cmある
丸々と太ったぶりを、釣り上げ始めました。

海の男に無駄な時間は一切ないのです。

 

しばらくして、ようやく
「おまえもやってみろ」
と声をかけてもらい、
まずは仕掛けの仕込み方を学びます。

銀色のコマセカゴと呼ばれる、餌を入れるカゴに、
バケツから鰯を詰め込み、海に投げ込みます。

棹は使わない、一本釣りというやつです。

仕掛けを投げ込んでは、糸を手繰り、
鰯を詰め込んでは、また投げ込む、
その繰り返し。

 

これがどんでもなく重労働。
やがて腕がパンパンになり、糸を手繰るペースも、
がっくり落ちたころ、だんだん鰯のにおいが、
鼻につくようになりました。

2時間ほどやって、一匹も釣りあがらない。
まわりの漁師さんはバンバン上がっています。

海の男たちに、どうすりゃいいの?と聞いても、
「とにかく投げ込んで、手繰るんだ」と言って、
ニヤニヤしているばかり。

そのうち、対馬暖流の荒波での大揺れに加えて、
鰯の強烈なにおいが、限界に達し、
気が付いたときには、船酔いでダウン。

すべての漁師さんの予想通り、
本土から来た若造は、やっぱりまったく使えなかった。
の図にあいなりました。

 

お昼すぎだったか、這う這うの体でようやく
港に戻ってきたときには、
もう逃げ出したい気分でした。

漁船

漁師たちと浜小屋へ直行。

さあ、昼飯だあ。

しかし、極度の船酔いで食欲もなく、
一匹も釣れなくて元気もなく、
この状態でとてもあの「日の丸ドカ弁」を食べられる気が
しません。

 

本物の海の男たちは、そんな情けない本土の若造には、
目もくれず、さっさと食卓の準備をしています。

あっという間に出来上がったのは、
大量のぶりの刺身、というか、ぶりの切り身、
そして、熱々のなべ。

さあ、食え。

そうか、なるほど、これだけ豪勢なおかずがあるから、
日の丸ドカ弁でいいわけだ。

 

まずは熱々の鍋を。

うめ~~!

冷え切った体に染み渡る喜び。

次にぶりの切り身にしょうゆをぶっかけて、
日の丸ドカ弁にのっけて、ほおばる。

うひゃー、なんなんだこのうまさは。
冷たくなっためしと、新鮮なぶりの
組み合わせが、なんともたまらない。

さっきまでなかった食欲はどこへやら、
脳が喜びの雄たけびをあげながら、
わしわしと無言で喰らい続けました。

「いくらでもあるんだからな。
どんどん食え」

対馬の海の男は、言葉数は少ないですが、
どこまでも暖かく、度量が大きいのでした。

 

「さあ、午後もいくぞ!」

と暖かく誘われましたが、
丁重にお断りしました。

このお腹に入れた素晴らしい海からの頂き物を、
再び海にぶちまけるのは忍びなかったのです。

 

本土から来た若造は、どこまでも根性がないのでした。