昨日の私の短い体験談。

盛田昭夫に会った、あの日のソニー
一度だけ、盛田昭夫に遭遇したことがあります。 入社した次の年だったと思います。 ソニーには、毎年開かれる技術交換会という全社をあげてのイベントがあります。技術発表会ではなく、交換会というところがソニーらしく、文字通り部署を超えて様々…


「もしもオーラというものが、物理的に存在しているのなら、このときの盛田昭夫はまさにオーラを放っているとしかいいようのない、強力なパワーを周囲に放っていました。身体全体から光を発しているように感じたのを、今でも鮮明に覚えています。」

これに対し、私と同じように

「盛田さんのまわりが不思議な光に包まれているような、何かのエネルギーが発散しているかのような何とも表現し難いものを強く感じ凄く興奮した」

という経験をした、ソニー先輩のコメントをいただきました。

 

よく「オーラ」と表現されるこの現象は、多くの人が感じているもののいまだ科学的に「オーラ」を物理現象として解明した人はいません。では仮に「オーラ」という物理現象が存在しないとすると、この「オーラ」はどのように説明できるでしょうか。

私はこれは、オーラを見る側に生まれる幻覚、だと考えています。
盛田昭夫を強く思うほど、盛田昭夫は大きく光り輝いて見えるというわけです。

盛田昭夫オーラ

学生の頃、『学歴無用論』という盛田昭夫の著書に出会ってから虜になり、『NOと言える日本』、『MADE IN JAPAN』と読み進めました。そして就職先をソニー一本に絞りました。

私の中に盛田昭夫とソニーの存在が、強い憧れとして熟成されていきました。その想いが現実の盛田昭夫に会った時に、オーラとなって感じられたのです。

 

盛田昭夫の語る「製品」と「商品」の違い。

製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない。

の、「人々の間に喚起させるもの」とは、この「オーラ」のことです。

「ヒト」にオーラがあるように、「モノ」にもオーラがあります。
私が技術経営大学院で取り組んだ大きなテーマが、「モノに魂をこめるには」でした。モノに魂があれば、余計な宣伝がなくても、ヒトはそれが欲しくなり買ってもらえます。

売り込みをしなくてもモノが売れる状態にする。

というマーケティングのひとつの定義を実践するには、どうすればよいか。
そのひとつの手法として、「モノに魂をこめる」ことを考えたのです。

 

モノ自体に物理的に魂というエネルギーを注入することは、いまの科学ではできないことになっています。一方、人々の心の中に、そのモノに触れた時に発する心情を埋め込むことは可能です。

それがすなわち、「製品」に「オーラ」をまとわせて「商品」にするということです。

 

そして実はここが非常に逆説的なところですが、

そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない。

盛田昭夫

 

こつこつと研究し、苦心の末に製造された製品

でなければ、「オーラ」のある「商品」にすることはできません。

盛田昭夫がこつこつと蓄積してきたものがあって、さらにそれをソニーや商品という形で世の中の人に認知されたからこそ、私は盛田昭夫にオーラを感じました。

これが盛田昭夫のオーラの正体です。