西陣織のいろはも知らない外国人から、
突拍子もない依頼。
頑固な職人は、どう反応するのか!?

シリーズ飛躍の瞬間
第5回は西陣織の老舗、細尾の海外進出を
取り上げます。

 

細尾

細尾は1688年、
西陣織の素材を作る「織屋」として
創業しました。

昭和に入ってから、自動織機が
導入され、西陣の生産地は福井、
石川、滋賀などに拡散しました。

出典:細尾

細尾もその流れの中で、
素材メーカーとしての「織屋」から、
代理店としての「卸売」に
業態転換しました。

しかし1990年代になると、
西陣織の職人の継承者が激減。
技術の継承が困難な状況に危機感を
覚えた細尾は、
分業体制の西陣織の技術を
内部に取り込み、
再度織屋として製造卸売業に
転換しました。

細尾真生は、その直後2000年に
社長を継ぎました。

そして2年後には創業以来初の
赤字になってしまいます。

細尾社長は、
経営を根本から考え直し、

「文化を売る」

という経営理念を定めました。

そして海外へ西陣織の文化を発信しはじめました。

2006年からは、
パリのライフスタイル国際見本市
「メゾン・エ・オフジェ」に出展をスタート。
以降毎年出展を重ねました。

しかし、3年たっても
まったく商談が成立しないのです。

社内からも、
「うちの社長は会社をつぶす気か」
との声が上がる中、
4年目2009年に転機が訪れます。

ルイ・ヴィトン、シャネル
などの世界的ブランドのブティックを
手がけるインテリアデザイナー、
ピーター・マリノからオーダーが
入ったのです。

「クリスチャン・ディオールの
店の壁紙を西陣織で作ってほしい」

さっそく具体的なデザイン画が
送られてきました。

それは、鉛を溶かしたような
デコボコが無数に走る、
西陣織からは想像もつかない、
金属感のある立体的なデザインでした。

しかしこれを見た職人は、
当初びっくりしながらも、

「このヤロー、絶対格好よくしてやる!」

と職人魂に火がついて、むしろ
楽しさを感じるようになりました。

西陣織の伝統技法を駆使して
完成した、
これまでにない生地は、
ピーター・マリノから絶賛され、
世界53店舗の壁紙に採用。

その実績が引き金となって、
世界中からオーダーが
くるようになりました。

私が注目する飛躍の瞬間は、
ピーター・マリノからオーダーが
来た瞬間ではなく、

2009年、4回目の国際見本市
出展を決めた瞬間です。

3年連続出展しても、
何の成果も得られない。

普通ならあきらめて、撤退です。

しかし細尾真生社長には、
「文化を売る」という経営理念に
基づいた信念がありました。

元々大手商社からミラノのアパレルに
勤務していた経験もありました。

その3年間は、ただ同じものを漫然と
出展していたわけではありません。
ヨーロッパの顧客の意見を、
ダイレクトに聞きながら、

どうすれば西陣織という
文化を、ヨーロッパ市場で
ビジネス展開できるのか。

毎回試行錯誤しながら、
改善し、反応を探る3年間だったと
思います。

その改善の成果が、
ピーター・マリノの目に留まったのです。

「この会社なら、こんなことが
できるかもしれない」

まったくの異業種から、
いままで考え付かなかった要求を、
されるような状況を、
自ら創り出すことが、
飛躍のためのポイントです。

そのためには、

市場におけるターゲット顧客の
要望に対する日々の改善。

その成果を市場にアピールする。

この2つが必要です。