昨日の日本エレキテル連合、
怒涛の香川⇒新宿移動からの、
東京ゲゲゲイとのコラボライブ、
大成功だったようです。

東京ゲゲゲイの日本ゲゲゲイ連合ダンスは、
これからちょっとしたブームになるかも
しれません。

日本エレキテル連合の名前にある
「エレキテル」、
教科書に出てきた平賀源内を
久々に思い出しました。

平賀源内
出典:ja/Wikipedia

エレキテルは静電気を応用した
江戸時代のびっくり箱。
バチッとやって、お金持ちに見世物
として使われていたそうです。
転じて治療にも使われています。

 

それで思い出したのは、
中学のときに流行ったライターを改造した
静電気のいたずら。

当時はスペースインベーダーゲーム全盛期。
ゲーセンでは、テーブルゲームに
100円玉を山積みしたサラリーマンが、
インベーダーをピコピコやっつけていて、
それを指をくわえて眺めていたことを
思い出します。

同級生の悪ガキたちも、インベーダーの腕を
あげるために、カツアゲに精を出していた
ようですが、それも限界が、、、
当時インターネットはもちろんない時代。
しかし悪ガキには悪ガキのネットワークが
あり、どこからか
「ライターを改造して、静電気でバチッとやると、
インベーダーゲームがタダで何回でもできる」
という情報が大阪の片田舎の中学にも、
もたらされたのでした。

それだけなら我々一般生徒には、
なんら関わりのないことでしたが、
そのライターを改造したツールで、
友達を静電気でびっくりさせることができる。
と悪ガキたちが学校に持ち込み始めたのでした。

これには閉口しました。

なにせ数千ボルトの静電気。
びっくりするどころじゃございません。

当然ながら中学で持ち込み禁止になり
そのいたずらは下火になりました。
とはいえ禁止になったから持ってこなく
なったのではなく、悪ガキたちは、
何回かいたずらして、飽きてしまったのでしょう。

 

江戸時代の平賀源内も、
長崎の古道具屋で手に入れたとされる
エレキテルを、
なんとか復元して大流行したものの、
バチっとやるだけのびっくり箱は、
すぐに飽きられてしまい、
その後平賀源内がエレキテルの研究に
没頭したという記録はありません。

フランクリンが凧をあげて雷から電気を
取り出したのが1752年。
平賀源内がエレキテルを復元したのが、
1776年。
平賀源内は電気の知識までは
持っていなかったとされています。
もしも平賀源内がエレキテルに、
びっくり箱以上の面白さを感じていたら、
江戸時代に日本で最先端の電気学が
花開いていたのかもしれません。