私の直販の血は、祖父母の経営する

よろずや

が源流です。

よろずや=万屋

田舎のなんでも屋さんです。

参照:競合がいない状態?

よろずや

 

先週、祖母が99歳の大往生を遂げ、
次の世界へ旅立っていきました。
最期まで病気ひとつせず、
最期の最期はついに点滴を打つ場所もなくなりました。
それでも一週間意識を保ち、
自分の持てる細胞のすべてのエネルギーを使い切って、
骨と皮だけになって、使い切ったろうそくの火が消えるように、
旅立っていったそうです。

お手本のような「生」を見せてくれたすばらしい祖母。
仏様のような姿になった祖母を見て、
心から母を産んでくれてありがとう、という気持ちと、
その血を受け継ぐ誇りを感じました。

今頃は、
2年前に同じく99歳で旅立った祖父と、
手を取り合って再会を楽しんでいることでしょう。

 

お葬式のあと、ひさしぶりになつかしい「よろずや」へ。
軸足を「薬店」に移したものの、
昔とかわらず、なんでも売っていました。

日本のコンビニの原点であるよろずや。

単に、モノの販売という機能に留まらず、
村の人々の憩いの場でもあることがうかがえます。

止まることなく進む高齢化と過疎化。

これは田舎に限ったことではなく、
都心も同様です。

そして都心にも同じようによろずやが残っています。
近くにコンビニはあるのですが、
おじいちゃん、おばあちゃんたちは、
よろずやで買物しながら、なんやかんやと会話を楽しんでいます。

そこには、ただモノを売るというだけではない、
心の交流があります。

直販とは心の交流なのかもしれませんね。