葉山の御用邸の近くに、「一色そば」
というおいしいお蕎麦屋さんがありました。

当日打ったそばがなくなったら閉店。

4時前に行くと、たいてい2~3組の常連さんが、
日本酒を飲んで、ゆったりした時間を楽しんでいる。
そんなお蕎麦屋さんでした。

 

あるとき、少し混んでいて、
相席になった初老の方も、
そんな常連さんのうちのひとりでした。

独り、焼きみそで日本酒を楽しんでおられました。
どういう経緯か、話が弾み、
早稲田かどこかの大学の教授で、一色そばには、
かれこれ20年以上通っているとのこと。

 

やがて、締めのそばの段になって、
教授は、私たち夫婦にこう問いかけました。

「どうして、ここのそば屋の大将がプロなのか、わかるか?」

「おいしいからですか?」

「いや、ちがう」

「そばが石臼挽きだからですか?」

「いや、ちがう」

「長年続いているからですか?」

「ちょっと、近づいてきた」

「うーん???」

「では、どうして長年続いているのかわかるか?」

「おいしいからですか?」

「いや、ちがう」

、、、

とまあ、こんな具合に、ちょっと酔っぱらった教授と、
物わかりの悪い生徒の禅問答は続いたのです。

そば
教授曰く、

「いつ来ても、味が変わらない。これがプロなんだ」

これが答えです。

 

毎日天気は変わる。温度も変わる。湿度も変わる。
そばの状態も毎年変わる。保存期間でも変わる。
水の状態も変わる。

変わるものだらけの中で、どんな変化にも対応して、
同じ味を出し続けるのがプロなんだ。と教えていただきました。
さすが、教授!!

「わしが、はじめてこの店に来た、20年前から、
まったく味が変わっておらんのだよ」

教授!若干日本酒の飲み過ぎではないですか?
そんなことわかるのですか?
20年前と今の味を比較するなんて。

というツッコミは、もちろん入れなかったのですが、
教授の教えは、どんな業界でも通用することだな。
と今でも思います。
機械のように同じことができるのがプロなのではなく、
変化を吸収して、一定の結果を出し続けるのがプロ。

イチローの例を出すまでもありません。
ホームランではなく、確実なヒットを量産できる力。

それから10数年の年月が経ち、
やがて、一色そばの店主は体調を崩し、
そばの味が変わってから、数年して、
葉山の老舗、「一色そば」は、
ひっそりと閉店しました。

一人のプロが続けてきた味の歴史が、
幕を閉じたのです。

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